自己満喫会10周年記念・福岡‐佐賀‐山口へ

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2011/9/9~9/11

この自己満喫会が発足10周年を迎えた。平成14年に讃岐うどんを食べに飛んだのを皮切りに毎年のように満喫の旅が続いていた。

今回はその10周年を記念するとともに原点に顧み、飛行機&レンタカーの旅になった。行先は本会初の九州上陸である。とにかく博多のラーメンと屋台を満喫す。それと最近主流となっている一度は行ってみたいシリーズ連発だ。

そして、九州から本州に戻り、山口県を満喫。関門海峡がどんなところか確認し、山口と言えば秋吉台&萩、そんでもってフグだろうと、まぁまぁ有名どころを巡ろうといういつも通りの旅になったのだった。

出発前、台風14号が発生した。
前の週に紀伊半島で台風が猛威を振るっていた。中国地方にも被害が出ていた。こりゃ行けまいかと思ったものの、太平洋高気圧の頑張りにより、台風は東シナ海に抜けてくれた。
ただ、この台風と高気圧のおかげで、湿った暖かい空気が日本に入り込み、じめじめした暑い3日間となった。

さぁ羽田からJALにて福岡空港に到着。1時間半のフライト。飛行機は早いのね。
金曜日だったこともあり、周囲はサラリーマンだらけ、Tシャツに短パンで「るるぶ」を眺めているのは我々だけだったかもしれない。

着陸後、飛行場前にてレンタカーをゲット。今回のパートナーは、初じめての旅”さぬき”あの時と同じ日産マーチ。型式も色も同じだった。
福岡市。海に面している方角以外は、山に囲まれて市街が形成されていたってのは意外。

こっちにも店舗があるんだけど・・・いいんです。

お店の中がこうなっている。カウンターに衝立があって、1人ラーメンに集中できるようになっている。
全部この席。2つ、3つテーブルがあってもいいのにね。

まずは本場の博多ラーメンを食す。

まぁ美味いんだろう。
赤いのが秘伝のたれっていうんだけど辛い。
なので、本来の味が味わえずになっちゃったし。

博多に降り立ったものの、行程表1番は太宰府天満宮。誰もが知っているだろうけど、なかなか行けないところ。博多から車で30分程度なのだ。


で、太宰府天満宮に到着。

振り返るとここが一番観光客が賑わっていたかな。中国人だか韓国人も多かったみたい。

参道に入り、あちらこちらに梅枝ケ餅のお店ばかり、歩いているとお店の髭のおっちゃんが「バラでもいいよ」ということで、とりあえずゲット。これが美味い。
太宰府天満宮とは言わずもがな、そんなところでありまして、おそらく誰しもが知っているであろう名所であります。
平日にもかかわらず観光客が多く、道中一番の観光地らしさでした。
そう何回も来れるところではなかったので満足であります。俺。

さて、福岡ってのはナイススポットが少ない(あくまでも個人的見解だけど)。
だから、13:00に太宰府天満宮をサクッと片づけてしまった我々一行は次の展開をどうしようかと模索。
結果、ここまで来たら、
これまらくる機会がないだろう佐賀県突入かとの論調が一気に高まり、
佐賀と言えば吉野ヶ里遺跡だとなり、ナビをセットすると50km程度。切り替えた。

九州道が南北に走り、東は大分道、西は長崎道とクロスしているのだ。
そんなところを走っている自分たちに興奮。
そういや、長崎はそんなに遠くない距離だったね。今回の10周年記念旅としては長崎も健闘したんだけど、有名所だけあって、旅行代が高い。数万円違った。いつの日かは行きたい長崎なのだ。

感想としては、暑い。逃げ場がないので夏場に来てはダメ。広い。

手入れされすぎ。国が運営しているだと、じゃなきゃできないコスト管理。(青森の三内丸山遺跡に行った時も同じようなコト言ってたし。)

ただし、結果的にはちょっといいかもスポット。子どもを連れながら勉強を兼ねてじっくりと見て回りたいものです。40分ほど奮闘し14:45には完了。

おっと、中のことをちょいと記述。復元された建物が建ち乱れ、こんなん作ったのけ~と思うことも。整備されている土地は広く、今も発掘中のところも多々あり。
発見から10周年。そういや見つけたとき大騒ぎしてたやな。
園内にはエアコンが効いた無料の循環バスが走っていて、見学後は迷わず乗車。というか、バスの時刻に合わせて見学を強制終了させたみたいな。

さぁ次はあの「金印」を確認しに行った。

そこは福岡市立博物館。

で、「金印」は常設展示場内にポツンといた。
2.3cm角、もっと大きいものだと勝手に思っていただけに、あの小ささにびっくり。
よく見つけたものだ。1784年、甚兵衛さんが発見者。

後はまぁよくある博物館。
長野君の食いつきが良すぎたのもびっくり。
次の旅にも博物館を入れておこうか。

さぁここからはウダウダいきます。
一度は見ておきたかった「元寇防塁」へ。

じゃ~ん、これなり。
埋まってるじゃんって奴。ちょいと満足。
でも満足しない、長野君と長岡君。
もっと防塁らしいのが見たいということで、市外に10kmのところにある元寇防塁パート2へ。
二人がここまで乗ってくるとは思わず、市内のところしかチェックしていなかった。

で、記憶でここには防塁らしいのあると決め込み向かったものの、これなり。

コメント特になし。わざわざ見に行ったのに。俺のせいじゃない。
行きたいって言った君達が悪いのだ。と、開き直ります。
初日の午後の大半を使った元寇防塁ツアーは静かに幕を閉じたのだった。
元寇防塁を後にする我々のさびしい姿に、夕暮れとともに空からは雨が落ちだしたのだった。

さぁ気を取り直して、博多の夜であります。博多と言えば「中州」「屋台」じゃありませんか。
ただ、中州の下調べが足らず面倒なところに足を踏み込んでしまった。反省
とにかく屋台で飯食って飲もうと物色してたけど、何だか決め手に欠け店が決まらず。一見さんには厳しいのか。
中州付近をうろうろと歩き、最後あたりでここで決めようと、

戸を叩いたのは(戸はありません)天ぷら屋さん「一平」。
お店のお姉ちゃんに声をかけられたまま入った感じ。
目の前で天ぷらを揚げてくれる。それと串もの。

ビールを飲み交わし、軽く満足。天ぷらの明細が分からなかったものの、安いもんだね。
とりあえず腹がたまり、再度博多の明るい方へ彷徨い始める。

吉野ヶ里遺跡で歩数が課せられ、すでに足に来ている30代前半御一行様。会話が少なくなる。
天神の真っただ中で、ラーメン屋の屋台に入る。
博多ラーメンは美味いんだか分からず。

結局、博多ラーメンってやつもこっちで食べた方が美味いかもしれないかも。
関東人の口に合うかどうかってね。

ラーメンに餃子、焼酎。
それなりに屋台を楽しんでいる風でしょ。
お店の名前は分からず。
帰ったら調べよと思ったんだけど、
探しきれず。

本当の締めは、若者の盛り場キャナルシティのスタバにてフラペチーノ。
台風の影響による蒸し暑さは夜になっても収まろうとする気配がなかった。

2日目

7:00出発。今日は関門海峡をわたり本州山口県へ向かいます。

九州自動車道、これが昨日からなかなかの交通量なのであります。
運転するは、最近国産高級車を乗り回している長岡氏。
ちょいと前まではGPD(ゴールドペーパードライバー)として腕を慣らしていました。
まぁ3日間ソツなく運転してました。レンタカーの場合にはターンオーバー要因には十分。だけど郊外限定ということで。

まずは朝飯。最初のSAにて、一番人気とあったかき揚げうどんを注文。ご覧あれ、かき揚げの厚み。朝食べていいものではなかった。
お昼まで油が胃の中で主張しきっていた。

関門海峡に差し掛かった。
海峡自体が狭いところで600m。そこに橋を架けている訳だからあっという間のドライブ。高速道路の一部で料金はかからない。

山口県に入りました。

まずは関門海峡を一望できる、火の山公園展望台へ。
雲が多かったものの、青空も垣間見れ、まずまずの空模様。

眼下に広がる光景もなかなか素敵でした。絶景の仲間入りにしてもいいでしょうか。
正直、ここまでぐっとくるとは思っていなかった関門海峡。なかなかやりますな。

山の下に降り、みもすも川公園。壇ノ浦合戦場の舞台。
源義経・平知盛の像。

9月になれどギラギラした天気。
潮の流れが速いというが、風が強かったせいか水面が立ち、潮っ気は分からず。

後、下関ってのは幕末から明治にかけて、いろいろと名が挙がるところ。
長州藩が整備した大砲のレプリカが並んでました。外国船に向けてはなったらしい。

完敗でした。

さぁ気を取り直し、関門人道トンネルへ。

そう人が歩いて通ることができるトンネルなのだ。

地下にあるだけに、ちょっとかび臭いような臭いがただよい、じめじめしたところだった。
人なんか歩いていなくて涼しいのかなと思っていたけど、軽く違った。この辺の人がウォーキングやジョギングに興じているのだ。よくもこんな閉め切ったところでやれるものだ。

と、まぁ、トンネルの真ん中くらいには山口県と福岡県の県境があります。ここで来た道を戻ります。

ここまで、順調すぎる流れ。行程表には一応流れで載せたような巌流島。余裕をもって行けることになってしまった。

個人的に宮本武蔵とか佐々木小次郎とかに興味がなく、行ければ行けたでいいかという程度。それが・・・なかなかやります。
巌流島まではフェリーで10分程度。

ちかくの赤間神社に立ち寄るクルージング付きで800円。

このフェリーがいかんとも爽快だったのだ。真夏のような太陽の日差しの中でも、スピード上げて水の上を滑走する船、強い風が体に突き刺さり、心地よいことこの上なし。
松島の旅(2003)に続き、フェリーでテンション上がる3人組なのでした。

巌流島に到着。昭和の中ごろまでは人がすんでいたというが、今は無人島。木の陰など、太陽から逃げ場はない。

まさに決闘場というところ。暑いんだっつうの。

で、なにがあるのかというと、こんな銅像をどうぞう。って感じで、宮本君と佐々木君がいる。
巌流島から関門大橋。
ここで、巌流島の決闘について調べて書こうと思ってたんだけど、その気にならないので終わり。
マンガが先に進んだら教えて。

さぁ帰りの船を待つ。30分間隔で往復していて巌流島観光には丁度いい。

ここは休憩所。浮世絵風に書かれた絵には関門大橋がきっちりと書かれている、ナイス。
暑い。9月も半ばってのに真夏の陽気。台風と高気圧に挟まれ、ちょうど日本には南の温かい空気が流れ込んでくる。しかも蒸し暑い風が。
(至るところに暑いという愚痴。書き始めるたびに、付け加わってしまう。)
この度ベスト5に入ってくるだろう。

お昼です。なんと奮発して、ふく定食。
奮発したといっても2000円だけどね。ふぐって全く食べたことがない訳ではないけど、ここまで一度にたくさん食べたことはない。刺身に寿司に唐揚げときた。唐揚げが美味かったかな。
腹が満たされた後は、隣にある唐戸市場へ。

ご覧のとおり結構混み合っていた。小売店で寿司とか1貫ずつうってたりして、こちらも良さ気だったかも。
実家にふくの刺身や唐揚げをゲットして送る。刺身なんて送ることできないんじゃないと思っていたけど、あの薄くさばいて皿に盛ってある良く見るものと同じような感じのものを送ってくれた。後で聞いたが、そりゃ美味かったとのこと。

次なるはというと、山口県と言えば本州の一番左ではないでしょうか。
だとすると、本州最西端が待っていた訳なのであります。

いざ、本州最西端は「毘沙ノ鼻」へ。下関市街から車で30分程度。人もまばらの地域だった。
駐車場に到着すると、そこから200m程度。あいにくの空模様。ぎりぎりで雨に降られた。

個人的にこれで本州の4端を制覇。
とどが崎だけは駐車場までだったけどね。(だって、岬まで徒歩1時間は無理)自己満足な私でした。
今後も先っちょシリーズを乞うご期待。
次なるは能登半島か大隅半島か佐多岬か、いや室戸岬も足摺岬もある。
いや、北に目を向ければ宗谷岬、積丹岬、襟裳岬、何を何を知床岬に行かなくてはなるまい。

午後のメインスポットは秋吉台なり。

カルスト地形の云々で、世界的にも有名なところなのだそうだ。
展望台から眺む。
天気は快晴。そうなると空の青と大地の緑、今回は白い岩も加わり、絶景と言っていい光景が広がっていた。

自然散策路なるものが整備されていたけど、離れた展望台から見るところでいいのだろうと歩かず。

それと、高原のように見えるこの風景も標高 m程度で涼しくない。前述してきたとおり、この週末は

真夏のように暑い。そりゃ歩くなんて、とてもとても。

秋吉台を堪能したのちは、秋芳洞へ。石灰岩がありゃ鍾乳洞だね。個人的には期待大。
往復で1時間弱の鍾乳洞を進む。16時位だったからかな、そんなに混んではいなかった。
ハイスポットをちらりとどうぞ。

 

しばらく近くの阿武隈鍾乳洞に行っていないけど、阿武隈の方が凄かったような印象が。期待が大きかっただけにちょっとガックしきたのであります。でもまぁ一見の価値ありかな。

今日の宿泊地は、萩であります。

萩は日本海に面した町。そうだ夕日を見に行こう。どうせ見るなら名所で。
ってことになり青海島ってところに方向転換。

距離はあったものの高速移動が可能な地方の国道。夕日前に到着。
っていうか、曇っていて夕日は感じることができず。

その代わりに名所観光。

浜辺にはバーベキューコーナーがあって、3グループ位やっていた。金髪の外国人女性3人組がいた。声かけられなかった。そんなことはどうでもいい、自己満喫会の更なる旅の充実のためにキャンピングってのも取り入れていきたいもんですな。

萩の月。

ホテルにチェックインです。
野郎3人部屋。
ベッドが3つにダーツがある。
本当に真ん中に刺さったので記録写真。

夜の萩に繰り出したものの暗い。西日本でもこんなに節電対策強化してるんだと思わされる。もともと暗いんだろうけど。

いやいや、しかし、飲むところが無いのだ。探すのに歩き回った。結果的に入ったところがMARU。中身も◎。地魚や地酒を楽しむことができるお店で、バイブルるるぶにも載っていた。また萩に行ったら寄ってみよう。

帰りは、自己満喫会初の路線バス利用。酔っ払いには終点下車のバスが似合う。

3日目

今日は萩をメインに見歩く。

まずは松陰神社へ。

8時ってことで先客はいない。参拝終わって帰る頃に団体バスが来ていた。

吉田松陰がまつわられている訳?

松下村塾

ここで明治時代を作っていった人たちが学んだそうだ。
その辺の歴史に疎い自分なので、これを機にちょっと本でも読んでみようかなと思う。

次は伊藤博文宅。松陰神社近く。

次は吉田松陰と高杉晋作のお墓。

萩市内を見下ろせる高台にあるのだ。
昔は良い眺めだったろうな。

次は東光寺へ。

次は萩城跡へ。

チョー最速で退出。
暑いし見るところはない。

で、ここが一番見たかったところ。江戸時代の面影をそのまま残す鍵手形の道 堀内 鍵曲 (ほりうちかいまがり)。
最初、レンタルサイクルにて散策しようかというプランだったが、この辺りで無謀だったことに気づく。それは暑さと地図上で感じる以上の距離。

で、明治の豪傑たちに関連する武家屋敷の中を歩く。団体の観光客が集まり人気が多い。

菊屋横町。

まずは高杉晋作邸。

夏みかんソフト。
夏みかんは萩発祥?ではなかった。けど、江戸時代から栽培が盛んだってこと。
でね、山口県ってガードレールが黄色が多いのねって思ってたら、この夏みかん色に塗ったんだとさ。

で木戸充孝邸。

高杉邸とは違う。

菊屋家住宅。
素晴らしきかな日本庭園。

萩博物館。この艶やかな青空。そりゃ暑い。館内の涼しさに救われたのだった。
しかし、長野君の食いつきには連日驚かされるばかり。次なる旅にも博物館を組み込ますぜぃ。

26代内閣総理大臣田中義一。知らない。
世界史だったもんで、そういや明治頃の総理大臣とかって知らないもんだね。
明治維新あたりから昭和までの歴史って興味はあるんだけどそのままになっている。坂本竜馬をはじめ、高杉新作とか西郷さんとか、大久保さんと、とにかくその辺りの勉強してみっかな。なにせ、萩散策の開設があまりにも少ないじゃありませんか。
しかしまぁ、萩の街を散策。
自己満喫会10年目にて、こんなぶらりとする内容は珍しい、なかったか。
いつもいつもハイライトピンポイント攻撃だったので、ちょっと新鮮だった。いいかも。
しかし萩の歴史はノースタディ。それは辛い。もったいない。

宇部山口空港は15:30発。1時間前くらいまでにはチェックインしておきたい。なので、早々と萩の街に別れを告げ、空港の道へとつく。

途中、山口市「春来軒」でバリそばというご当地B級グルメを食する。うぅ~ん、これと言って可もなく不可もなく。このお店では、長崎皿うどんとは違うことを売りにしてましたが、普通に長崎皿うどんでいいのではないかのう。

山口市に来た記念(何ぞや)として、国宝「瑠璃光寺五重塔」へ。室町時代の大内氏ゆかりのもの。その辺も知らないし。

時間の都合上、位置口付近から眺めて終了。いい絵だね。

空港到着。総走行距離582km。
やっぱり九州は福岡、佐賀から山口県、萩となると距離があるもんだね。
ドライバーが2人+1だったんで、そんなに距離を移動した気がしなかったかも。
空港で少しまったり。

のんびりした地方空港だったのだ。
帰路は席がバラバラ。安いパックで行くもんですから仕方がない。
自分と長野君は最前列。目の前にフライトアテンダントさんがこちら向きに座るので、けっこうどこを見てればいいのかが分からなかった2人。

長岡君は窓際限定なので、右絵のとおり。
明るいうちに羽田着。

直前の業務多忙によりノープラン若しくはちょい見程度のプランニングだったにもかかわらず、
結果的に◎。
質も量も、時間的流れも大満足となったのだ。
今回、何気にフルメンバーでのスタートを切ったのが、久しぶりだったのだ。
おそらく、それがナイスな旅にしてくれたのだろうか。
それと飛行機乗って、レンタカー借りてっていう旅は一味違うね。
遠くに来たって感じがプンプンする。

ここまで最高潮に素敵な旅だと、さぁ次回はいずこへってことになるけど、財政的にしばらく充電か。
車で関東甲信越近辺を回りましょうか。
今日の時点で、ノミネートされているのは、佐渡島へ渡り、しかもキャンプ。
で、充電完了したらば、いよいよ海外進出か。

最後に、今回、相変わらずの野郎3人組での旅行に行かせてくれたそれぞれの家族に感謝なのだ。

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